家族との日常を日記代わりに書いていきます。


by pappoaitart

長女の日記から

長女の許可を得て、5月12日の長女の日記を公開します。
なぜかというと、内容がとってもおもしろかったからです。

では読んでください。

5月12日(火)
「火よう日のあさに」
火よう日のあさにかみのけを手でとかしていたら四、五本おちていました。
わたしはそれを見てどうしてかみのけは、はえるのかなーとおもっていました。
でもまえにパパが「かみのけは、あたまをまもるためにあるんだよ。」といってもわたしは、どうして今ここにかみのけがあるんだろうとおもっていました。
としょ書(ママ)にいったりいろいろな人にきいたりしてめいじじだいからしらべてみたいです。
そしてぜったいかみのけはどうしてあるのかなーということをしらべてみます。
そのなぞをときあかしてかみのけはかせになってクラスみんなやおともだちにおしえて一年生にもおしえてもっとすかれたいなーとおもいます。
でもそこまでいくにはまだまだしゅぎょうがいるからがんばってしゅきょう(ママ)していきます。
もちろん先生たちにもかみのけはかせになったらかみのけのことのしらないところやしっているところのなぞなぞをだしてなんもんこたえられるかなーというなぞなぞをやりたいです。
おわり
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# by pappoaitart | 2009-06-21 11:50 | 紹介

個人情報保護

昨夜COOKは子どもらに魚のさばき方を教えることにしました。
それを告げられた長女と次女は張り切ってコピー用紙とマジックを持ち出してなにやらガサゴソやってました。
見ると、「魚やさん」と書いて、お店やさんごっこを始めたようです。

そして玄関にただいま営業中という張り紙を貼り、時々玄関に行っては「いらっしゃいませ」とか「少々お待ちください」と架空のお客に言っていました。
次女は途中で「(お客が)いるって言ったのに居ないじゃん」と怒って言い出して、長女は「いるわけないじゃん。ウソの店なんだから」と答えてるのがおかしかったです。

そしてその張り紙にはなぜか自分達の名前が書かれていました。

次女は血が出てきたのを見て、「やらない」と言ってプイっとしてしまいましたが、長女はちゃんと最後までさばいて、水洗いし、味噌で下味をつけてました。

そして食事も終わり、夜になり、張り紙が玄関に張り出されたままになっていることを思い出したようで、「あ、個人情報がばれる」と言ったらしいです。

pappoはCOOKからの又聞きですが、今や小学生が「個人情報」なんて言う時代になったんですねぇ。
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# by pappoaitart | 2009-06-12 08:38 | 紹介

歯の妖精

先日、子どもらを寝かしつけている時、長女が「知ってる? 歯の妖精っているんだよ」と言いました。
詳しく話を聞いてみると、以前長女の歯が抜けた時に、その抜けた歯を枕の下に手紙と共に置いといたら、翌朝、5円玉と返事の手紙が置いてあったとのこと。

手紙の内容まではもう憶えていないけど、歯の妖精っているんだよと言いました。
それとも、ママが書いたのかなぁ? とpappoをさぐるように見るので、「違うと思うよ。ママがそんなことやるタイプだと思う?」と聞くと「うーん、わかんない」と言っていました。

そして「ねぇパパ、本当に妖精っていると思う?」と尋ねるので「いると思うよ」とマジメな顔で答えました。
長女は「ふーん」と答えました。

この時pappoは確かに妖精はいるだろうと思いました。
ただし、わが子の健やかな成長を願う親の心の中に、、、、と。

親が子どもに面倒臭がらずに、ほんのちょっとしたお遊びをやってあげる、遊び心と空想の世界を大事にする子どものような心と、妖精やサンタなどの夢のある話を聞かせてあげる親心の中に妖精は住んでいると思いました。

そしてその妖精は親から子へ、そして子から孫へと伝えられていくのかもしれません。
その営みがはるか昔から今も続いているのかもしれません。

その優しさを介在するものが妖精なのだとしたら・・・
そう考えていくと、やはり妖精はいるよ、とpappoは確かに思うのでした。
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# by pappoaitart | 2009-06-10 01:07 | 話した

長女の反抗期

昨夜、突然、ホントに突然、長女の反抗期が始まったような気がしました。
これまで一度もpappoに反抗することもなく、あまり自分の意見を主張しないので、心配していました。

親に反抗する過程は成長のためには必要なもので、親はその反抗を受け入れ、甘えてきたときにはその甘えを受け入れていいかねばなりませんので、いったいいつになったら反抗期が始まるのか???とヤキモキしていました。

そんなこともあり、昨夜、突然、ガンガン反抗して、ガンガン言いたい放題言い始めたことにホッとしました。
「やった反抗期。よかったよかった」と手を叩いて喜ぶと、それが癪に障ったらしく「パパなんて大嫌い!すぐ笑うし」と言って物陰に隠れて、こっちをにらんでました。

「パパなんて大嫌い」・・・あぁそうですか。←pappoの心の声
「パパやだ」・・・悪かったね
「いっつもイライラして」・・・いつもじゃないだろ、いつもじゃ
「ぶっとばすぞと言うし」・・・冗談だよ、冗談
「やだ」・・・はいはい
「大嫌い」・・・あらあらあらハッキリ言ってくれますね
「もう絶対一緒に寝ない」・・・あっそう
その他、もろもろ。。。

そして半分冗談、半分本気って感じで、蹴っ飛ばされ、爪でひっかかれ、パンチされ、タイヘンな騒ぎでした。

でも、その後COOKと次女と三人でお風呂に入った後は、ケロッとして、「やっぱりパパと一緒に寝る。。。」とすり寄って来たので、おかしかったです。

「やだよ、あんなにひどいこと言われて、そんな気にならないなぁ~」とわざと言うと
「だってパパはお話してくれるから。。。いいじゃん」
だって。

わかったわかった、と言って、pappoも寝室に行きました。

あぁ、おもしろかった。
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# by pappoaitart | 2009-04-28 07:33 | 話した

学校までの道

今朝も長女を学校へ送って行きました。
いつもは校門から100mほど離れた交差点で見送るのですが、今日は「どこまで送ろうか?」と聞くと珍しく「学校まで」と言うので、「いいよ」と言って送ってあげました。

道々、日向と影にくっきりと分かれている場所があったので、二人で引っ張りあっこをして遊びながら登校しました。
また、学校の授業のことなど、いろいろ話しながらの登校でした。

わずか10分にも満たない時間ですが、pappoにとっても長女にとっても貴重なコミュニケーションの時間です。

遠ざかる小さな背中を見送る時、なんだか寂しい気持ちになるんですよねえ。
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# by pappoaitart | 2009-04-23 09:39 | 学校

たんぽぽの綿毛の話

今朝長女を学校へ送って行く途中に、道端にたんぽぽの綿毛がありました。
長女はかがみこんで「ふー」っと吹きましたが、飛んで行きませんでした。
「なんで飛んでいかないんだろー?」
と不思議そうにしていたので、pappoが「まだ水分が多くて重いから飛ばないんじゃないかなぁ、乾いて軽くなったら飛ぶんじゃない」と答えたところ、「ふーん、じゃ、唇も乾燥したら飛ぶの?」と言ったのでおかしかったです。
「いや、唇は顔に付いてるから飛ばないでしょ」と言うと、それには答えず、黙って歩いていました。

pappoがアロマテラピーをやっているせいか、肌の乾燥とか、そういうことをたまに言うので、こんな話になったんでしょうね。


またまた今朝の話。
最近の次女はおしゃれに目覚めたようで、毎朝自分でその日着る服をコーディネートします。
そしてpappoに見せにきます。

今朝も見せに来たので「おしゃれだね。とっても似合ってるね」と言うと、次女は「だっておしゃれ番長だもん」と答えました。
おしゃれ番長ってなに?
どこでそんな言葉を・・・
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# by pappoaitart | 2009-04-20 08:30 | 話した
以前の記事で「自分のことは自分でやりなさい」をやめて、「人のことをやってあげなさい」と言うようにしたことを書きましたが、今日図書館から帰った時にもやってみましたよ。

図書館でたくさんの本と紙芝居を借りて帰宅しました。

いつもなら、「自分の本は自分で持って行きなさい」と言うところですが、今日は「自分の本より、人の本を(部屋の中へ)持って行ってあげて」と声をかけてみました。
長女は次女が借りた5冊の紙芝居を、次女は長女が借りた20冊の本を(図書館と区民センターをはしごして、借りました)部屋の中に運び入れました。

体の小さい次女の方が運ぶ冊数が多いため、pappoが「ごめん、大変だろ。手伝うよ」と声をかけましたが、次女は「ひとりでやる」と言って、全部運び込みました。

あと、部屋に入る時に「自分の靴より、人のをそろえてあげてね」と言うと、おもしろいことに、先を争って、自分の靴も他の人の靴もそろえました。

それから今日は学校と幼稚園から帰宅後、pappoが「人の物を片付けてあげてね」と言うと、長女は次女の幼稚園バッグを、次女は長女のランドセルを玄関に入れました。
そして長女はpappoが何も言わないのに、あっという間に自分のランドセルを子ども部屋の所定の場所に片付けてしまいました。
いつもは玄関に置きっぱなしにしてるのに。。。

人のことをやってあげてね、と声をかけると、なぜか自分のことまでやるんですよねえ。
なんでかなぁ???
そんなことまで狙っていたわけではないですが。。。

長女と次女が何を考えているのか、今ひとつわかりませんが、自分のことってよく見えないですよね。
だから自分のことは自分でやりなさいと言われても、なにをやったらいいのかよくわからないんじゃないかと思いますねえ。
自分のことって、自分に課せられたお手伝いも含むのかどうかもよくわからないし。
だから言った相手(親)が何を望んでいるのかもよくわからないというか。。。

でも、人のことはよく見えますよね。
あ、困っているようだなとか、大変そうだなとか、そういうのってなんとなくわかりますよね。
だから「人のことをやってあげてね」と言うと、何をやったらいいのかがわかりやすくて、パッと動けるんじゃないかなぁと思います。
なにより自分で観察して、自分で考えて、自分で答を出して行動できるのがいいですね。
そして人の役に立っているという充実感や、喜んでもらえたという充足感を持てるのもいいですね。

以前pappoが住んでいたマンションの近くに日赤病院があったんです。
その隣に身障者センターがあったので、車椅子で移動する人や、白い杖をついて歩く人をよく見かけました。
そのため、町のあちこちに様々な工夫も施されていましたし、信号付近で赤の他人が割とフツーに声をかけて、車椅子を押してあげたりする光景を目撃したりしていました。

なんでいきなりこんな話かというと、
自分のことは自分でやれるってことより、人のことをやってあげることの方が圧倒的にすばらしいと思いませんか? ということを言いたいからなんです。

自分のことを全部自分でやっているなんてことはまったくの幻想、勘違いですよね。
自分のことを全部自分でやれるはずなんてないですから。
でも、とりあえず身の回りのことを自分でやれる人は「自分のことは自分でやっている」と思っているでしょう。
「だからいいのだ」と思うのが問題ではないかと思うんですよ。

「自分のことを自分でちゃんとやっているから、オレはOK」みたいな、自己完結してしまうと世の中の空気が冷たくなるというか。
人情が薄くなるというか。

たとえば電車の優先席のこと。
最近は席を譲る人が減りましたよね。
あまりに「自分のことは自分で」と言い過ぎたために、お年寄りや身障者や妊婦が立っているのを見ても「自分のことは自分で解決しなさい」みたいなね、
突き放したような考え方が平気でできるようになってしまったのではないかとpappoは思いますね。

また、譲ってもらう人が「オレはまだそんな年じゃない」なんて怒ったりしてね。
これも「自分のことは自分でやれる」ことが素晴らしいという風潮があるためにわき起こる感情ですよね。
若い人から席を譲られて「悪いなー。でもありがとう」と笑顔で席を譲ってもらう人は魅力がありますよね。
そして、今日はいい気分だ、お返しに誰か他の人に何かやってあげたい、と思える人はもっと魅力的ですよね。

別の例ですが、たとえば、身障者が困っているとしますよね。
すると、人はこう考えるのではないかと思います。
今、手助けするのはカンタンだが、この人は将来一人で生きていかなきゃならないんだから、変に甘やかしてはいけない。ここは敢えて厳しく接することが愛情なのだ、みたいなね。

でも、なんで一人で生きていかなきゃならないのでしょうか?
ここにも根底に「自分のことは自分でやれる」ことが当たり前みたいな、そういう考え方があるんじゃないかと思います。

または、手助けされる方にもプライドがあるんだ。
変に手助けされるのはゴメンだ。
一人でなんだってやれる! みたいなね。
一人でやれることが素晴らしい!みたいな。

でも、一人でなんでもやれることがそんなに素晴らしいことなのでしょうか?
pappoは自分の不得意なことは率直に認めて、手助けしてもらったら、「ありがとう、助かったよ」と言えることの方が素晴らしいと思います。
自分の不得手なことを認めることは勇気がいりますよね。
でも、他人の助けを素直に受け入れられる勇気と寛容さを持つことや、助けてもらった代わりに自分も誰かに恩返ししよう!と考えられる社会の方がずっと世の中が豊かになると思うのです。

少し話題が変わるけど、人生につまづき、または今後の人生に迷い、または学校や仕事に疲れ、ちょっと休みたいと思うことは誰にでもあるでしょう。
そういう時に「自分のことは自分でやれる」ことが素晴らしいという考え方はとても人を追い詰めてしまうと思います。
「自分のことを自分でやれてる人なんて実はこの世に一人もいない」
だから、助けてもらうのが当たり前、そして感謝するのも当たり前、誰かに恩返しするのも当たり前。
でも、今元気がない人には、今はいいから、いつか元気になったときに恩返しすりゃいいじゃないかと、
そんな長い目で見守っていられる環境が社会に備われば、もっと人はくつろぎ、他人を信じて、もっと楽に生きていけるのではないかと思います。

宮沢賢治の「アメニモマケズカゼニモマケズ」
を思い出しますよ。
みんなに木偶の坊と呼ばれ、
でも、他人のために一生懸命にやるでしょう。
ああいう人に私はなりたい、というでしょう。
昔はそんな奴にゃなりたくないと思っていたけど、今はわかるような気がします。

pappoはこれからはずっと「人のことをやってあげなさい」と言って育てていこうと思います。
そして、自分のことは多少うまくできなくても、周りから喜んで助けてもらえるようなコになって欲しいです。

「自分のことは自分でやれることが素晴らしい」という世の中の風潮の中で、pappoは自分の考えを信じて、子どもの成長を願って「人のことをやってあげなさい」と子どもに言いたいし、言っていくつもりです。
でもね、付録ですけど。
人のことをやってあげなさいと言うと、自分のこともちゃんとやるんですよねぇ。
そのことは不思議でしょうがないです。
なんでだろ?
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# by pappoaitart | 2009-04-14 04:35 | 話した

紙芝居の件

次女は本よりも紙芝居が好きなようで、図書館へ連れて行くと、絵本は1冊、紙芝居は5冊ぐらい借ります。
そして、最近は寝る前に紙芝居を1つ読んであげることにしています。
長女も紙芝居を読んであげると嬉しいようで、pappoがベッドに腰かけ読んであげるのを二人はベッドの下に座って見るというスタイルでやります。

pappoが面倒くさがってベッドに寝転がったまま読もうとすると、長女が「パポンが今から起きて読みまーす。起きて読むそーでーす」とプレッシャーをかけてくるので、「はいはい」と言って、座って読みます。

先日、いつものように紙芝居を読むことになり、次女が借りてきた中から1つだけ選んでもらおうとしました。

ところが、長女と次女で読んで欲しい紙芝居が食い違い、言い合いになりました。

次女はまだ4歳なのに、「寝る前にあんまり長いのはダメなんだよ。寝るのが遅くなっちゃう」と親の言うことを真似て、いっぱしのことを言うので、笑いをこらえるのに苦労しました。
長女が選んだものは枚数は多いけど、文章が短いのに対して、次女が選んだものは枚数は少ないけど、文章が長いのに長女が気づき、「こっちは文章が短いけど、そっちは長いじゃん。だからこっちの方がいいんだよ」と主張するのでした。

そして、5分以上も言い合いをして、長女は「もういいよ。いっつもmappyがガマンするんだもん」と泣き出してしまいました。
次女は泣かずに「だってこっちがいいんだもん」と言い張ってます。

pappoもCOOKも口をはさめずに黙っていました。
だって、なんとも言いようがなかったですから。

そうは言ったものの、長女はやっぱり納得がいかないようで「こっちの方がいい」と再び主張し始めました。
そして姉らしく「早く決めないといけないんだよ」と言います。

たかが紙芝居ですが、子どもにとっては寝る前の大切なお話なので、真剣そのもの。

結局、話し合いでは決着がつきませんでした。

pappoは紙芝居を読む側なので、ずっと心の中で「オレが両方読めば済む話だよな」と思っていましたが、二人の話し合いがどうなるか気になり、黙っていたんです。
そのうち、このこう着状態を抜け出すために、パッと発想を切り替えて、「だったらパポンに二つとも読んでもらおうよ」と言ってくれないかな、と思うようになりました。

ですが、そういう話にはなりませんでした。
このままこうしていても仕方ないので、pappoは「いいアイデアがあるよ」と言いました。

その瞬間、次女は激しく抵抗を示し、「いや、絶対これ」と叫びました。
親が仲裁に入り、強引にどちらかに裁定が下されると思ったのでしょうね。
長女は「なになに?」という表情をしていました。

pappoは「二人でコソコソ話したらいい」と言いました。
二人はなんのことか? とキョトンとしていました。
「パパに両方とも読んでもらおうよってこっそり話すんだよぉ。。。」と言うと、長女はすぐに合点がいったようで、次女に「おいで、こっちにおいで」と呼びましたが、次女はいまひとつ状況がつかめていないようで、長女の側には行こうとしませんでした。
そこで長女は「せーの」と言った後で、勝手に「パパ、二つとも読んでぇ」と言うと、次女もようやく事態がのみこめてきたようで「二つとも読んでぇ」と言いました。

そこで、pappoは「しかたないなぁ」と言いながら、二つとも読んであげました。
その時の二人のワクワクした表情はなんともいえませんでした。

ちなみに今日も紙芝居を読みましたが、あの日から長女が1つ、次女が1つと、合計2つ読むことが慣例になってしまいました。
なぜだ!と思わなくもないですが、仕方ないかなと思って読んでます。

今夜は紙芝居を2つ読んで、布団に入り、久しぶりに即興でお話しをしてあげました。
長女の名前はパルマローザ、次女はパチュリー、そして王様がヘリクリサム。
ぜぇぇんぶ精油の名前です。

精油って便利だなぁ、こんなことにまで使えるのか、と思います。
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# by pappoaitart | 2009-04-11 23:58 | 遊んだ
pappoは少し前まで、子ども達に「自分のことは自分でやりなさい」と教えてきましたが、もうそれをやめました。

だってpappoは自分のことを全部自分でやってるかというと、ほとんど自分でやれてないですし、そもそも人はそれで当たり前だ、それでいいんだ、と考えるようになりましたから。

「自分のことを自分でやれる」ことも大事ですが、ちゃんとやれなくてもいいじゃないかと思うようになりました。

最近はその代わりに「人のことをやってあげなさい」と言うようになりました。

自分のことさえちゃんとやれずにどうやって他人の世話ができるんだ! と思わないでもないですが、pappoは「人のことをやってあげる子」になって欲しいです。
そして、自分の至らない所は遠慮なく、喜んで他人に助けてもらえるような子になって欲しいです。

そうして、人の優しさやありがたさに触れながら、成長していったもらえたらと思います。

人に助けてもらうと「ありがとう」とか「助かった」とかいう感情が芽生えるでしょう。
それってすばらしい体験だと思いませんか?

だからできないことがたくさんあったって、忘れ物したって、いいんだよって言いたいです。
そうして、失敗しながら、色んな人に助けてもらいながら、人のありがたみを心に刻みながら成長していってくださいと思っています。

時にはバカにされたり、冷たくされたりするかもしれない。
そういうときにはpappoやCOOKが側についてるから、とそう言いたいです。
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# by pappoaitart | 2009-04-11 12:52 | 話した
勉強に関する話を書いていて思い出したんですが、pappoは学生時代、以前住んでいたマンションの大家さんの子どもの家庭教師をやっていたことがありました。
まぁ家庭教師というより、子守のようなものでしたが。
相手は小学生の男の子でした。

両親は土日もなく多忙で、男の子は一人で居ることが多かったこともあってか、時折チック症状が見られ、落ち着きもありませんでした。
子どもが下校してから母親が帰って来るまでの2時間程度、週に3回ほど一緒にいました。

あの頃はコーチングというものを知りませんでしたが、「ごんぎつね」を教えてやった時のことはよく憶えています。

あの時もpappoから何かを教えるといったことはしなかったような気がします。
というのも、pappoは元々、国語のテストには違和感を持つ方だったんですよ。
よく問題にあるでしょう。
「この時ごんぎつねはどう思ったのでしょう?」っていうような。
それって読者それぞれの感じ方があっていいじゃないかってpappoは思うんですが、国語のテストにはなぜか「正しい答」があるんですよね。
読解力をつけるため、ってことでしょうが、そんなことより主人公の想いに寄り添い、感じたことを言葉にする訓練をした方がよほどいいと考えるタイプだったんです。

一緒にごんぎつねを読み、あとは質問責めです。
ごんぎつね、どうしてこんなことしたのかな?
あらあら、今どんな気持ちだろうね?
同じことされたらどんな気持ちがする?
なんてことを聞きながら、心の動きに焦点を当てて質問をしていくわけです。
pappoからすると、ん?
と思うようなちんぷんかんぷんな感じ方もあったんですが、pappoは何も言いませんでした。

その時、男の子から思わぬ話が飛び出してきたりするんですね。
自分の身に置き換えて話すんですが、その気持ちが切なかったりして、子ども心にこんなことを考えているのか。。。なんて展開になったりもしました。

そんな時間を通して、男の子はごんぎつねに完全に感情移入した、あるいはごんぎつねと一体化した感じがしたのです。

数日後、この男の子からテストの結果を見せてもらうと、驚いたことに満点だったんです。
なによりお母さんがビックリ!
学習意欲が低く、テストの結果も思わしくなく、授業中も落ち着きがない子が、ある日突然満点を取ったのですから親の驚きようといったらこっちの方が驚くほどでした。
「どうやったの?」と何度も尋ねられました。

pappoは小学5年になるまでずっと定期的に勉強を見てやったわけですが、一貫して話を聞いてあげるだけで教えることはほとんどありませんでした。
それでも、この子は落ち着いて勉強に取り組むようになったし、成績も上がりました。
そしてなにより本人が勉強が好きになり、そのことで自分に自信を持てるようになったような気がします。
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# by pappoaitart | 2009-04-11 12:46 | 学校
pappoは以前、知り合いの学習塾を手伝っていたことがあります。
そこは中学受験を中心とした進学塾でした。

pappoは人に物を教えることは素人でしたし、勉強なんてすっかり忘れてしまっていたので、毎日予習が大変でした。
pappoが受け持ったクラスは小学1年生の国語と小学3年生の算数、小学5年生の算数、小学6年生の算数、それから中学1年の国語と英語、それから中学2年の英語でした。

あの時、周囲の先生方のクラスを見学させてもらい、指導法を教えてもらい、飲んだ席で子ども達への想いを聞かせてもらったことがpappoの今の財産になっています。

週に1~2日しか手伝えなかったけど、本当にいい経験ができたと今でも感謝しています。

そして、あの頃の経験にコーチングスキルをプラスして、長女にじっくりと算数を教えてあげることができます。(時々しかやってないけど)

長女がたまぁに算数のわからないところがある、って言ってくると、じゃ、やろう!ということでコーチングスキルを活用しながら算数をやります。

では、どのようにコーチングを使っていくのか? ということですが、相手の中に答えがあることを信じて待つのがコーチングの本質ですが、わからない算数の問題の説きかたや答えが長女の中にあるとは思えません。
だってわからないから聞いてるんですもん。

ここでは「質問によって問題点を明らかにする」というスキルを使います。

いったいどこがわからないのか? を煎じ詰めていって、ココがわからないの「ココ」を見つけ出します。

勉強を教えようと思う時、大人はつい、知識を与えることに一生懸命になりますよね。
でも教える必要なんてないんですよ! とあえて言わせてくださいね。
わからない所をピンポイントで探し当てれば、後はわかるんですよね。

だから教えることに時間をかけるより、質問に時間をかけた方がホントはいいんですよね。

たとえば、文章問題があったとします。
長女はなんとなくわからないわけです。
どこがわからないかが漠然とした状態なんですね。
そこで、質問でわからない点を一つひとつ明らかにしていきます。

そのためには、どこまではわかるのかを明らかにするといいので、ひとつひとつ聞いていきます。
「ここはわかる?」
「この文章はどういう意味だと思う?」
「ここまでの式はどうなるのかな?」
「じゃここから先の式はどうなると思う?」

pappoはほとんど質問責めです。
長女が一人で喋ってます。
pappoが教えることはほとんどありません。
長女がpappoの質問について一つ一つ必死に考え答えていくうちにパッと答えが出ます。
すると長女は教えてもらったという感じはあまり持たずに、自分の力で解いたという気持ちが持てますので、自信につながるようです。

また、会話の途中で学校のこと、先生の教え方のこと、他の科目や他の問題の解き方のこと、友だちとの遊びのことなど次つぎに話題が飛びますが、それにも相槌をうちながら、話を聞いていきます。
それは互いの信頼関係をつむぐはたらきをします。

みなさんも好きな先生の科目だけは勉強を頑張ったという経験がおありではないですか?
子どもに勉強を好きになってもらうためには、教える親のことも好きでいてもらった方がいいですよね。

親子でやる勉強も、大事なコミュニケーションの一つなんだ、という親のゆとりも大切でしょうね。

ちなみに、このやり方は算数だけではなく、いろんな教科に応用がききます。

勉強大好き! だって、パパが(ママが)いっぱい話を聞いてくれるんだもん!
子どもがそう思ってくれたらいいですね。
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# by pappoaitart | 2009-04-11 12:19 | 学校

誉めないことの難しさ

pappoもCOOKも長女と次女を誉めて育てるように心がけてきました。
それはもう小さい頃から。
「這えば立て、立てば歩めの親心」って言うじゃないですか。
一人目は特にちょっとした成長に喜び、「すごいぞ」「えらいぞ」と言って誉めて育ててきました。

でも、最近になって、本に書いてあるように「誉め過ぎはよくない」ということを強く感じるようになりました。
親が誉めすぎると子供は親の賞賛を得ることに関心が向いてしまうからです。

叱りすぎると、叱られまいと親の目をうかがうばかりになるのと同じように、誉めてばかりいると、今度は親の歓心を買うような様子を見せます。

長女の方が特にその傾向が強く、それも親の期待と成長の喜びをたくさん受けて成長してきたが故だと思います。

そこで、どうしたら良いかとずっと考え続けてきました。
そしてついにpappoはコーチングスキルの中にそれを見出したのです。

それは承認というスキルですが、やることは簡単です。
子供のやったことを見て、単にそれを口にするというものです。

たとえば、長女が玄関で自分の靴をきちんと揃えたとすると、「靴をキレイに揃えたね」と言うだけです。
その後に「えらいね」とか「よくやれたね」とは言いません。

食卓にお皿を並べてくれた時は「お皿を並べてくれたね」と言うだけです。
これも「えらいね」とは誉めません。

今度は逆に叱る時のことを書くと、こうなります。
たとえば長女が忘れ物をしたとします。
すると「今日、忘れ物をしたね」と言います。
この後の「ダメじゃないか」とか「今度はするなよ」などとは言わないのです。

部屋の中を片付けないでいる時も、ただ「部屋を散らかしたね」と言うだけです。

コーチングの本にはyouメッセージで相手を責める代わりにIメッセージで「お母さんは悲しいよ」とか「お父さんはがっかりしたよ」と言うと良いと書かれています。
ですが、コーチングのこの点に関してだけはpappoは違うのではないかと思っています。
youメッセージで「どうしてお前は××できないんだ」と責めない代わりに「お母さんは悲しいよ」と言ったからといって、結局は子供の動機は「お母さんを悲しませないため」となってしまうだけでしょう。

でも、お手伝いなどをすることも、忘れ物をしないことも、結局は自分のためにすることですよね。
自分のためにしているんだということを教えるのが親の役目だとpappoは思うので、youメッセージをIメッセージに変えたところで、子供にはなんら良い影響は与えることができないと考えているんです。

そこで、同じくコーチングスキルの中の「承認」を使ってはどうかと思い立ったのです。
ただ、認めるだけです。
良いことも悪いことも、ただ認めるだけ。
あとは子供の心に響くでしょう。

もう子供もある程度成長し、自分で善悪の判断もつくようになってきたので、ただ承認するだけで大丈夫だと思うのです。

たとえば、自分に置き換えて考えてみます。
pappoが玄関の前を掃き掃除したとします。
そこにCOOKが帰宅しました。
COOKが「わ、キレイになった。ありがとう。すごいね」なんて言うのは相手を誉めているわけですが、ここで承認のスキルを使うとこうなります。
COOK「掃除してくれてるのね」
そして、この後にIメッセージで「気持ちいいわ」と付け加えるのもいいでしょうね。
「キレイになった」というのは相手の仕事を評価していることになるので、上目線になりますね。
「すごいね」というのも相手を評価していることになりますね。

相手を良く評価する人はつまり悪くも評価する人なので、言われた人は嬉しい反面、どこか言い知れぬ不安を感じることでしょう。
言葉にできないほどの些細な気持ちでしょうが。

そのように会話を変えたところ、長女はとても伸びやかになりました。
だって良いことをやっても悪いことをやっても、親がその行為そのもののことしか言わないんですから。
後は自分で考えろってことですから。
親の評価から開放されて、長女も次女も明るくなりましたよ。

さらに、長女は先回りして親の気持ちを読み、親が喜ぶようなことを言うところがあったんです。
これも、先日長女とじっくり話しました。

まずは自分の気持ちがいつだって大事だ。
自分の気持ちを正直に言っていいんだよ。
自分の好き嫌いを安心して言っていいんだよ。
親の気持ちは関係ない。
大事なのは自分の気持ちだ。
それが自分が自分でいられるってことなんだ。
でも、なんでもかんでも言っていいけど、すべてが叶うなんてことはない。
親には親の都合があるからだ。
だから、後は話し合いになる。
でも、最初は自分の気持ちを正直に言わなきゃ話し合いもまともにできない。
だから、いつでも自分の気持ちを正直に話すんだよ。

このようなことをゆっくりと話して聞かせました。
長女はそれから人が変わった様に安心して、これをやりたい、これはいや、これが好き、これは嫌いと言うようになりました。

先日も映画を観に行きましたが、pappoの見せたい映画と長女が観たい映画が食い違ったんです。
pappoも簡単には引き下がりませんでしたが、長女があれこれとpappoを説得し、拝み倒し、結局長女の観たい映画を観ることになりました。
観終わった後で今度はパパ(オススメ)の映画を観たいなんて言ってました。
これはおそらく本心だと思いましたが。。。

なににせよ、こうして自分の気持ちを安心して言える、そして自分が自分でいられるということがどれほど大切なことか、とpappoは思うのです。

なので、今後は長女も次女も評価せずに、承認、つまり認めていってあげたいと思っています。
良いことも悪いことも。

良いことをやっても悪いことをやっても、成功しても失敗しても、お前はお前なんだ。
それでいいんだ。
そういう親の気持ちを受け止めながら、おおらかに成長していって欲しいと思っています。
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# by pappoaitart | 2009-04-09 02:45 | 話した
先日、長女のmappyと次女のmorrirrinが喧嘩を始めました。
原因は大人からすれば他愛のないことです。
でも本人たちにすれば真剣そのもの。

この数日前にmappyは母のCOOKと一緒にパンを焼きました。
いくつか焼いた中に、1つだけ、とてもかわいい物があったんです。
mappyもとても気に入っていました。

ところが、morrirrinがよりにもよってそのパンを食べたいと言い出したのです。
しかし、mappyにとっても、そのパンはたった一個のお気に入りのパンなのです。
しかも、次に同じように焼けるかどうかもわからないため、腐っても食べたくない、とっておきたいと
思うほどのパンなのです。

でも、morrirrinはどうしてもそのパンが食べたいと言って譲りません。

pappoもCOOKもどうしたものか、と思い何も言えませんでした。
mappyの気持ちもmorrirrinの気持ちもよくわかるからです。

mappyには大切な物を譲ってあげられる心が大きく優しい子になって欲しいと
思う反面、morrirrinにもちゃんと自己主張できる子になって欲しいという想いがあり、
簡単に親が入っていくわけにはいかなかったのです。

しかたなく、黙って推移を見守っていました。
その内に、長女も次女も激高し泣き始めました。
そして互いにキツイ声で口げんかを始めました。

それでも親は何も言わず、黙って推移を見守ることしかできなかったのです。

すると、長女が突然、「いいよ、あげる」と言って、次女へその大事なパンをあげたのです。
次女は喜んで食べました。

しかしこの話には続きがありました。

長女はこのとき次女が食べていた納豆を半分ちょうだいと言いました。
ところが次女は納豆を独り占めしようとしたんです。
しかし、それはあんまりだと思い直したのか、スプーンに取り分けて、長女へあげようと
しました。

しかし、この時、長女の怒りは頂点に達しました。
せっかく大事な大事なパンをあげたのに、次女はいつでも手に入るような納豆を快く分けてあげようと
しなかったのですから、その怒りはpappoにもわかります。

二人は激しい言葉で互いを傷つけあいました。
pappoもCOOKも何も言えずにただただ黙ってその様子を見守っていました。

ここで親が仲裁に入ることは正しいことなのだろうか? と考え続けました。
子供達の力を信じて、黙って見守っていた方がいいのか?
人の心を学ぶいい経験になるよう、なにか話した方がいいのか?

pappoは考え続けました。

そして、pappoは次女に「お姉ちゃんは本当は納豆が欲しいんじゃないんだ。morrirrinのパンをくれてありがとうって心が欲しかったんだよ」と言いました。
こんな難しい話、果たしてわかるんだろうか? とpappoは半信半疑でした。
次女もちゃんと聞いているのかどうか、まったく頷きもしません。

こりゃ難しすぎたな。
でも、長女の気持ちを代弁してやったんだから、これはこれで良かったんだと自分を慰めました。

すると、その時、次女が「ごめんね」と言って、納豆を長女へあげました。
長女は「要らない」と言いました。

pappoに言われて譲ってもらっても長女は嬉しくなかったのでしょうね。
「失敗だったな」とpappoは思いましたが、次女にはちゃんと伝わっていたようです。

次女は「ごめんね」と言って長女に抱きつきました。
長女はしばらくその手をぶらぶらさせていましたが、ほんのちょっと次女の腕を撫でました。
それから十分もしない内に二人は仲良く遊んでいました。

子供の喧嘩なんかほうっておけばいい、子供は自然に仲直りするものだ。
そうした中で自然に人間関係を学んでいくんだ。
親や大人が出ると、話がややこしくなってしまう。
pappoもそう思うんですけどね。

信じて黙って待つことがどれほど難しいかを思い知らされます。
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# by pappoaitart | 2009-04-08 19:54 | 話した
少し前、長女はほぼ毎回、リビングの出入り口を開けっ放しで出入りしていました。
せっかく温まっていた部屋に急に寒い風が入り込むので、何度も注意してきましたが、一向になおる気配がない。

pappoは「何度言ったらわかるんだ」「この前も言っただろ」「人の話を聞いてるのか?」と叱ったり、「いいかい、ドアを開けっ放しにすると、中に居る人は寒いんだよ」と実演して見せてみたり、いろいろやってみましたが、その時は「わかった」と返事するものの、しばらくするとまた同じことを繰り返す。。。

一体、どうすりゃいいの?
と思っていました。

ついには、まだ無邪気な子どものこと、いずれ自分で納得して、自然にやらなくなるだろう。。。と自分に言い聞かせたり、子どもは一回で言い聞かせてわかるものではない、根気よく何度も言い聞かせていくことが大切だ、と書かれた本を読んで、そうだよなぁ。。。と納得してみたり。。。

ところが、そんなpappoがある日、長女のドアの開けっ放しをピタッとやめさせることに成功したのです。
それは、あべまさいさんというプロのコーチが書いた「おかあさまのためのコーチング」という本に書いてあった内容です。
さてさて、pappoがこの本を真似て、どのようにして長女の悪い癖をピタッとやめさせたか、ご紹介いたします。

長女はほぼ毎回、ドアを開けっ放しにするのですが、10回に1回ぐらいの割合でちゃんと閉める時があります。
本には、普段からよく観察し、そのチャンスを見逃すな、というようなことが書いてありました。
なので、pappoも長女の様子をなんとなく気にかけていました。

ある日、長女が部屋の外に出て行く時にpappoは用があって、長女の後ろをついて行ったのですが、長女は知ってか知らずか、その時、ドアをちゃんと閉めました。
pappoは心の中で「キター」と叫びました。
そして、長女に「今、ちゃんとドアを閉めたね。偉いぞ」と言いました。

長女は一瞬きょとんとして、それから何かしら誇らしげな表情を浮かべました。

それからは一度もドアの開けっ放しは起きていません。

本には、「ちゃんとやった時は何も言われず、やらなかった時だけ叱られる」という子どもの不満が紹介されていました。
考えてみると全くその通りです。
親は、やってない時だけ見つけて叱りますよね。
でも、本当はちゃんとやった時に、認めて誉めてあげればいいんだと、そう書いてありました。
そうすれば、一度で直ると書いてあったので、pappoはさすがに一度でというのはちょっとオーバーだろ、と半信半疑だったんですね。

でも、試してみてビックリ。
ホントに一度で直ってしまいました。

ただ、部屋の片付けのような複雑な作業になると、中々こうはうまくいかないのではないかと思います。
やろうと思っても手順がわかりにくいだろうと思うからです。

なので、親が事前に片付けの手順を何度か教えておくとか、簡単に片付けられるような工夫をするとか、そういうことがまず必要だと思います。

簡単なこと、本に紹介されていたのはタオルをきちんとかける、ということでした。
そういうすぐにできて、習慣になるような作業であれば、効果がバツグンだと思います。
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# by pappoaitart | 2009-01-14 10:47 | 話した
先日、長女のmappyが食事中におかずを皿ごと床にこぼしてしまいました。
その直後に部屋に入って来たpappoは、長女が椅子に座ったまま動こうともしないのを見て、思わず、「後始末は誰がするんだ。ママにやってもらうつもりか?」と言ってしまいました。
長女はハッとしたように、ティッシュで床を片付け始めました。
pappoもCOOKも濡れティッシュで一緒に床を拭いてあげました。

しかし、その後、よくよく考えてみました。
ちょっと頭ごなしに言ってしまったなぁと反省しました。
そこで、コーチングスキルを活用して、接してみようと思いました。

P「さっき、料理を床に落としてしまったね。その後で椅子に座ってじっとしていたけどどうして?」
m「ビックリしたの」
P「そうか、ビックリしたのか」
m「うん」
P「それで、なにをしていいかわからなかったのかな」
m「うん」
P「ごめんね。パパはそんな気持ちに気づいてあげずに怒ってしまったね」
そう言うと、長女の目に涙が浮かびました。
pappoは長女を優しく抱きしめてあげて、
P「失敗は誰にでもあるんだよ。パパだってママだって失敗することはあるんだ。そういう時は慌ててしまって、どうしたらいいか迷ってしまうよね」
m「うん」
P「そういう時はね、周りのことを考えるといいよ。周りの人にどんな迷惑がかかったかを考えるんだ。そしてこれ以上迷惑をかけないように、元の状態に戻そうと考えるといいよ」
と言いました。
長女は「うん」と言いました。

このように、穏やかな表情と話し方と、時にスキンシップを取りながら、ゆっくりと諭すように話してあげれば、たとえ最初に親が失敗しても、伸びやかな心を持つ子供はすぐに元気になれると思います。そう信じています。
長女もそれからは納得した様子で、すぐに次女と元気に遊び始めました。

ところで、こうして失敗した時のことばかり書いていると、長女が成長した後に読んだ時、どう思うかな? と少し考えないでもないです。
でも、親はいつだって試行錯誤でやってるじゃないですか。
誰だってそうでしょう。
失敗はあるかもしれないけれど、いつだって見守っているし、真剣に考えているし、健やかな成長を願っているんだってことを残しておきたいです。
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# by pappoaitart | 2009-01-12 17:57 | 話した

暗い表情の長女に

先日、こんなことがありました。
COOKと長女がミッケ!という本で遊んでいましたが、始終暗い顔で全然ミッケ!を楽しんでやってる様子がなかったんです。
最近の長女はなーんとなく元気がなく暗い表情をしていることがあります。

どうも母親ともっと遊びたかったのに昼ごはんの準備で中断されたことが不服な様子です。
側で見ていたpappoもついイライラして頭ごなしに長女を叱ってしまいました。

自分の思い通りにならないことなんてこれから先もっとたくさんある。
ふさぎこんだような顔をして、周りにどうして欲しいんだ。
周りは最初こそ同情してくれるかもしれないが、いつもそんな顔してたら誰も相手にしなくなるぞ。
いつだって気の持ちようが大事だ。
辛いことがあっても、笑顔で自分を元気にすることはできる、
わかってくれない、やっててくれない、~してくれない、って相手に何かやってもらうことばかり期待してたら自分自身が辛いばかりだろ。
なにかやってもらうことより人のために何がやれるかを考えた方が毎日が楽しいじゃないか。
なんてことを思い切り「説教」してしまいました。

ここは一度言っておく方がいいか、と思って言ったことですが、こういう反論しにくい「正論」を頭ごなしに振りかざすのはどうだったか。。。と反省しました。

なぜ、親の自分がもっと落ち着いた態度と優しい表情と優しい声とおだやかな話し方で対応できなかったか、と反省しました。

ふさぎこんでいる長女を見た時、コーチングスキルを活用すればもっと他のやり方があったはずだったと反省しています。
たとえば、こんな風に。

P「なんだか元気がないみたいだけど、なにかあったの?」
m「・・・」
P「なんでもいいから話してごらん」
m「・・・」
P「・・・」
m「・・・」
P「・・・」
m「・・・あのね」
P「うん」
m「ミッケやってたのに、途中だったから」
P「そうか、もっとミッケをやりたかったんだ」
m「パパやって」
P「うん、いいよ。でもパパは今忙しいから一回だけでいいかな?」
m「いいよ」
と、こういう長女の心が傷つくことのない平和で穏やかな会話ができたはずではないかと思います。

虫の居所で、子どもへの対応が左右されては子どもは可哀想ですね。
普段から、子どもの些細な変化も見逃さない。
普段から、子どもの言葉を親身に受け取る。
そしてちゃんと答える。
相手の中に答えは必ずあることを信じる。

たったこれだけのことをいつもきちんとやるということがいかに難しいことか。
でも、子どもがこれから成長していくに従い、友だちが増えていく中で、pappoとのやり取りがいつの間にかしっかりと身について親密な友情が築いていけるような、そんな会話になればいいなあと思っています。

そのためには親も修行です。
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# by pappoaitart | 2009-01-01 10:13 | 話した
最近、コーチングスキルを活用して、長女や次女との会話を楽しんでいるpappoです。
今日は、コーチングにとってもっとも大切な心構えである、「相手の中に答えがある」ということについて実際に起きた事例を挙げてじっくりと考察したいと思います。

先日、長女のmappyがピアノの宿題をまったくやっておらず、明日までに5曲練習をやらないとならないということがありました。
mappyは焦ってしまったのか、突然、泣き出してしまいました。

そこでpappoは早速コーチングスキルを活用し、宿題を全くやってなかったことについてmappyと話し合いました。

P「なんで泣いてるの?」
m「・・・」
P「宿題がたくさんあって焦ったのかな?」
m「・・・」
p「宿題が5曲もあって、全然練習をやってないのはなぜだろう? どうやったらやれるようになると思う?」
m「・・・」
p「パパが答えを知ってるってわけじゃないよ。どうしたらいいか、mappyの考えを聞きたいんだ」
m「あのね、日にちを書いて、チェックすればいいと思う」
p「どんな風に?」
m「あのね、紙があるといいけど」
紙を渡すと、早速チェック表を書き始めました。
m「一曲に一個、チェックしていけばいい。そうすればやる気になる」
p「そうか、それはいいね」
早速、mは一曲練習しては一個チェックし、本当にあっという間に5曲の練習をやってしまいました。
mappyお手製のチェック表は大人から見ればまだまだ改良の余地がありましたが、肝心なのはmappyが自分で考えて自分で答えを出したこと。

そういえば、勉強を教える時にもコーチングスキルはとても役立ちます。
コーチングスキルを使いながら勉強を教えると、非常に理解度が深まるようです。
この話はまた次回に。。。
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# by pappoaitart | 2008-12-11 19:31 | 話した
先日、morrirrinが水の入ったコップを持ったまま冷蔵庫から氷を取ろうとし、製氷庫に水をひっくり返してしまいました。

pappoは離れた場所で見て見ぬふりをしていましたが、morrirrinがパパに話したいと言い、やって来ました。
morrirrinは失敗したことが悔しいのか、ずっと泣いています。

pappo「どうしたの?」
morrirrin「あのね、氷を取ろうとしてね、水をこぼしたの」
実際はもっと支離滅裂な子どもらしい話し方でしたが、内容としてはこういうことでした。
pappo「そうか、水をこぼしてしまったんだ。氷が欲しかったんだね」
相手の話した内容を反復し、ちゃんと話を聞いたよ、理解したよ、受け止めたよ、という合図を出します。それが次の話を促すことになるのです。
pappo「どうすればよかったかな?」
morrirrin「コップを置いてすればよかった」
pappo「どこに?」
morrirrin「テーブルに」
pappo「そうか、じゃ次からはきっとできるね」
morrirrinは少し元気を取り戻し、泣きながら微笑みました。
最後に
pappo「それからちゃんとパパに正直に言いに来たこと、偉いと思ったぞ」と付け加えると、
morrirrinは子どもながらに誇らしげな表情を浮かべました。

これで実際はまた同じような失敗をしてもいいのだと思います。
コーチングは一回の話し合いで完璧にできるようになることを目指すものではないと思うからです。
肝心なのは、失敗したことに自分で答えを出せたことだと思います。
自分で考え、自分で答えを出したこと。
そのことが素晴らしいのではないかとpappoは思います。

今のところまだ一度も同じ失敗を繰り返してはいませんが、もしまた同じ失敗をしでかしても、またコーチングスキルで答えを引き出してあげればいいのだと思います。

コーチングスキルを知らなかった頃のpappoだったら、きっとこういう会話になっていたことでしょう。

morrirrinが製氷庫に水をこぼしたのを見た瞬間、
pappo「あ~あ~あ~あ、何やってんだよ、もう・・・」
morrirrin「ごめんなさい」
pappo「コップ持ってやるからだろ」
morrirrin「はい」」
pappo「大変なんだぞ、後片付け」
morrirrin「ごめんなさい」
pappo「気をつけろよな、ったく」

まぁこんな感じではないでしょうか。
このpappoのセリフの中には、
(お前は)なにやってんだよ、という相手に対応を要求するyouメッセージが含まれています。

Iメッセージだと、「水が凍って氷がダメになっちゃうね」とか、まあせいぜい「あらあらあら」とか
そんな感じでしょうか。

どちらの会話が穏やかな気持ちで話をすることができ、子どもの心の奥深くに響くかは明白ですね。

これからもコーチングスキルを活用して、子どもらとの絆をもっともっと深め、そして子どもらが様々な局面で自分で考え、自分で答えを出して生きていけるような力を身につけられるよう、サポートしていきたいと思っています。
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# by pappoaitart | 2008-12-09 14:39 | 話した
播磨早苗著の「目からウロコのコーチング」という本を読み、コーチングスキルを活用し親子の絆を深めていきたいと考えています。

今日はこの本の中に書かれているIメッセージとyouメッセージについて、我が家で実際に起きた事例を元に紹介したいと思います。

先日、pappoが充電しながら携帯電話をいじっていたところ、morrirrinがコードに足を引っ掛けてしまいました。
pappoが今コードが伸びてるから気をつけてね、と何度か注意したにも関わらず、morrirrinは引っ掛けてしまったのでした。

pappoは「だから気をつけなさいと言ったでしょう」と思わず怒ってしまいました。

このpappoの言葉はyouメッセージです。

「だから(お前が)気をつけろ」という「お前が」というメッセージがこの言葉の中には込められているからです。
youメッセージとは相手に対応を求めるメッセージです。

では、このときIメッセージだとどのような言葉になるのでしょうか。
pappoがこのとき言えなかった言葉、
「携帯の線が切れるかと思ったよ」です。

その時、自分の中に浮かんだ言葉、私は=I、こう思ったんだ、、、ということを
☆シンプルに☆短く
言った言葉がIメッセージです。

Iメッセージはその時、その人の心の中に浮かんだ言葉をそのまま口にするので、相手は何も異論をさしはさむ余地がありません。

Iメッセージを言うためには、その前に自分の気持ちに気づく必要があります。
そのため、自分を見つめる必要があるんですね。

自分の感情を言葉に出す、ということはとても大切なことではないでしょうか。
pappoはIメッセージを多用し、不用意にmappyやmorrirrinを傷つけないようにしたいと思っています。

続いて、受容し共感し、答えを引き出すということを別の事例でご紹介しようと思います。
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# by pappoaitart | 2008-12-09 14:23

mappyと話した

mappyは普段とても次女に優しいんですが、時々意地悪な言い方や冷たい言い方をする時があります。
これまでも度々「そういう言い方はよくないよ」と注意してきましたが、中々本人も気づけずにいるようです。
そこで今日はmappyとこのことについて時間をかけて話し合いました。
pappo「どうして時々冷たい言い方や意地悪な言い方になるのかな?」
mappy「だってmappyが半分こと言ってもmorrirrinが独り占めするから」
pappo「そうか、mappyがわざわざ半分こと言ってあげてるのに、それを独り占めしようとするんだね」
mappy「だって、自分が悪いことをした時には黙っといてって言うから黙ってるのに、morrirrinはすぐpappoに言いつけるから」
pappo「そうか、せっかく黙ってあげてるのに、morrirrinはすぐにpappoに言いつけるんだね」
・・・

30分ほどかけてmappyと、そして途中から話にくわわってきたmorrirrinとの三人で話し合っている内に意外なmappyの感情が表に出てきました。
それは意地悪で言っているんじゃないときでもmappyが怒られるときがあるから悲しい・・・というものでした。
最初にどうしてそんな言い方をしたのか訊いて欲しいと言うのです。
pappoは反省し、pappoもCOOKも親であると同時に一人の人間で、ついmappyやmorrirrinを傷つけてしまうことを言ってしまうことがあるね。
ちゃんと話を聞かずに一方的に怒ってしまったことがあるだろうね。
ごめんね。
と謝りました。
pappoもCOOKもこれから注意するように心がけるよ。
mappyはどうする?
と尋ねたところ、これからはなるべく優しい言い方をする、と答えました。
じゃ、一緒に努力していこうね。
と話しました。

これはコーチングのスキルを活用したコミュニケーションです。
pappoは播磨早苗著の「目からウロコのコーチング」という本を読んで、とても感銘を受け、
このコミュニケーションスキルを身につけたいと思いました。
この本は会社内での上司と部下の関係に焦点を当てて書かれていますが、内容がとても本質的なので、親子や夫婦にも問題なく応用がきくのです。

コーチングの本は巷にたくさんありますが、この本は的確な言葉でコーチングの本質が語られていると思います。
コーチングは相手の中に答えがある、ことを信じて待つ。
質問によって、相手の潜在意識の中に眠る答えを引き出す。
という2つのことが大きな柱となるのです。

コーチング技術を活用した子育てに関する本もいくつか読みましたが、わがままを言った時は・・・というように考えようとか、いつまでも片づけをしない時にはこう言おう・・・とか、ケースによって対応例が書き分けられており、pappoはやはり播磨早苗さんの本の内容が本質的で全てに応用できると感じて、この本で得た知識や技術や考え方を活用しているのです。

今後も、日々、子どもと接する中で、コーチングスキルを使ったコミュニケーションで親子の絆を深めていくことができたらと思っています。

このほかにもIメッセージとYOU メッセージのことなどためになることが書いてあります。
次の日記でそのことも書いてみたいと思います。
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# by pappoaitart | 2008-12-09 14:14 | 話した
今日はmorrirrinを幼稚園へお迎えに行き、第2園庭で遊んだ後、morrirrinが児童館へ行きたいと言うので、4箇所回ったのですが、どこも館内整理で閉まっていました。

仕方なく図書館へ行ったところ、なんとmorrirrinは自転車の後で眠ってしまってました(笑)

そこで、長女のmappyとmorrirrinと三人で夕方図書館へ行き、mappyは本を15冊、morrirrinは紙芝居を8冊借りてきました。

今、mappyは一心に本を読んでいます。
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# by pappoaitart | 2008-12-08 19:00 | 図書館
今日は次女のmorrirrinを幼稚園に迎えに行き、久しぶりに第二園庭に行ってきました。
morrirrinはたのしそうにブランコで遊んでいました。
いつの間にか一人でこげるようになっていました。
嬉しそうに、楽しそうにブランコをこいでいるmorrirrinの笑顔を見ていると、こっちまで楽しくなりました。

pappoの方はというと長かった仕事もようやくゴールが見えてきました。
さっき、プロデューサーと電話で話したのですが、どうやら今日、明日には直しも終わり、いよいよ完成稿となるようです。

今回の仕事はとても楽しかった。
今までは辛いことの多い仕事が多かったのですが、今回は作品が直しのたびに良くなっていく実感があって、本当に充実していました。

それもこれも、うまくpappoをリードしてくれたプロデューサーのおかげです。
心からお礼を申し上げたい気持ちで一杯です。

そしていつかまた、一緒に仕事をできる日があれば、どんなに幸せなことか。

今日、いよいよ最後の直しをやります。
寂しいです。。。
ホントに寂しいです。。。

そんな気持ちでいたので、morrirrinの屈託ない笑顔にホントに慰められました。
ありがとうmorrirrin。。。
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# by pappoaitart | 2008-12-08 16:17 | 遊んだ

morrirrinの絵

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morrirrinの絵。
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# by pappoaitart | 2008-12-08 02:17 | 遊んだ

うなされる声に

今、真夜中の2時です。
次女のmorrirrinが怖い夢でも見たのか、うなされていました。
背中をトントンと優しく叩いてあげると、またスヤスヤと眠ってしまいました。

そういえば、mappyもmorrirrinも、昔から足でpappoが隣に寝ているかどうかを探す時がありました。
足がウロウロと布団の中を動き回り、pappoの足を探り当てると、また眠ってしまうんです。

きっと、あぁちゃんと居るな、って安心して眠ってしまうのでしょう。

子供の寝顔に癒されます。
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# by pappoaitart | 2008-12-08 02:10
今日はmappy&morrirrinと三人で図書館に行きました。
二人とも本が大好き。
特にmappyは毎回15冊借りて、熱心に読みます。

今、家族で映画「ニューシネマパラダイス」を観ています。
もう何度観たか・・・
本当に好きな映画です。

mappyも本を読みながら時々眺めています。
morrirrinは・・・歌を歌ってます
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# by pappoaitart | 2008-12-07 18:01 | 図書館

井の頭動物園へ

昨日は、mappyとmorrirrinと三人で久しぶりに井の頭公園に行きました。
ちょうどスタンプラリーをやっていたので、それをやりつつ、いろんな動物を見てまわり、弁当を食べ、ブランコで遊んで帰りました。

ひさしぶりの動物園に子供達は大喜び、象の花子の前では大声で「花子さーん」と呼んでいました。
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# by pappoaitart | 2008-12-07 11:51 | 遊んだ

娘たちからのプレゼント

今日はpappoの誕生日。
娘たちがプレゼントと手紙をくれました。
6歳の娘はpappoのために自分のお小遣いで買ってくれたんです。
とても嬉しくてジーンとしてしまった。
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長女は歯ブラシと歯磨きのセット
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次女からはガムとミンティア。
それから二人からの心のこもった手紙。


娘らよ、ホントにありがとう。
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# by pappoaitart | 2008-06-26 19:57

水たまり

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# by pappoaitart | 2008-05-14 19:40 | 遊んだ

宿題

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mappyが宿題をしています。
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# by pappoaitart | 2008-05-08 00:05
今日は2年ぶりに大雪が降ったということで、近くの公園でソリ遊びをしました。
ピッピッピッピーンで、スタート
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下まで滑って。。。
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お姉ちゃん、早くぅ~と言ったかどうかは定かではありません。。。
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寒さに負けない元気なコでpappoは嬉しいですよ。。。
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# by pappoaitart | 2008-02-03 23:24 | 遊んだ